秘密の話をしよう


 

 アルノルト・レフ・パラディーゾは、つい1年程前までアルノルト・レフ・プルガトリウムだった。

 プルガトリウム現皇帝バルタザールの第三皇子として生まれ、直系の皇族にのみ与えられる『レフ』のミドルネームを持つ彼は、血筋だけで言えば帝位継承権第4位に相当する。もちろん次代皇帝となるのは第一皇子である兄コンラートでまず間違いないのだが、もし仮に不測の事態が起き兄が倒れた時は、アルノルトが皇帝の座を継ぐ可能性もない訳ではない──はずだった。

 しかし実際のところ、アルノルトの帝位継承権は第25位である。これは、兄や姉は勿論、アルノルトの下に生まれた妹や父バルタザールの三人の弟妹(アルノルトにとっては叔父や叔母)、そしてその息子や娘たち、果ては先帝のご兄弟など、そういった諸々の方々に次ぐ順位だった。プルガトリウムでは親から子へ帝位が継承されるのが通例であり、兄弟間での譲位は余程の事がない限り行われない。だと言うのに、現皇帝の息子であるアルノルトは、叔父らよりも継承順位が低かった。

 

 その理由は、すべて“髪の色”にある。

 

 アルノルトの髪は限りなくグレーに近い色をしていた。光の加減によっては黒に見えなくもない、くすんだ灰色だ。アルノルトが幼い頃、成長に伴って髪の色がはっきり判別できるようになると、それが黒でないと分かった母は大いに嘆き悲しんだと云う。いわく「可哀想に……この子はアニュエラから見捨てられた子なのだわ!」と。

 プルガトリウム王家の血を引く人間は、そのほとんどが黒い髪をもって生まれる。コメディアにおいて黒髪は一般的ではなく、茶や金、銀髪などが大半を占めていた。ゆえに救世主を除いてはプルガトリウム王家だけが持つと言っていいその黒髪は、彼らの始祖が初代救世主であることに由来すると云われ、黒髪は救世主の血を引く証、女神アニュエラからの祝福と加護の象徴だとされた。

 そんなものだから、艶やかな黒の髪は皇帝になるための絶対条件に等しい。プルガトリウムにおいて黒髪は皇帝の神聖性と正統性を表す象徴であり、それを有する人間が国の頂点にいるということが、民衆の支持、ひいては国の安泰に繋がるからだ。

 ──女神から愛されない皇帝などあってはならない。

 アルノルトが帝位継承権第25位に置かれているのは詰まるところ、そういう事だった。

 

 だからといって、アルノルトは冷遇されて育ってきた訳ではない。王族として必要な教養や品位はしっかりと教育されていたし、初めこそ嘆いていた母も、もちろん皇帝である父だって、愛情を持って接してくれていたと思う。

 プルガトリウムにおいて皇帝は絶対だ。プルガトリウム系アニュエラ教では皇帝もまた信仰の対象とされている程である。だからいくら黒髪でないとは言え現皇帝の子であるアルノルトを害そうとする者は少なく、むしろのびのびと育てられたと言ってよかった。

 ほぼ継承の可能性がない自分は、いずれ帝国軍の幹部か内政を担う文官として兄を支えながら生きていくのだろう。漠然とそう考えて生きてきた。それ以外の未来は思いつかなかった。そして、別にそれでよいのだと思っていた。

 何不自由ない充足した生活。保障された将来。

 ただ、皇族として、アルノルトという存在の価値が低いだけだ。「いつ死んだって何も変わらない」。少なかっただけで、アルノルトを悪し様に言う者はもちろんいたから、そんな風に影で囁かれていたのも知っている。

 

 ──アルノルトには何もない。何もできない。

 

 そんな事は、物事ついた頃から、ずっと分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 ──……ねえ、それ地毛?

 

 揺れる漆黒が目に焼きついている。

 

 ──僕もそんな色だったらよかったのに。黒なんてダサいし……。

 

 “彼”だけ、だった。

 

 ──光が当たるとちょっと色が違って見える。かっこいいなあ、それ。

 

 

 親兄弟以外で、アルノルトに価値を見出だしてくれたのは。

 

 

 

 

 

 

 アルノルトが16歳になったある日、父からひとつの命が下った。

 パラディーゾの第一王女エルレインに、婿入りしろと言うのである。

 ここ暫く魔物の急増などの事情もあり休戦していたとは言え、あの“敵国”パラディーゾへ婿入りとはどういうことなのか。無礼を承知で理由を問うと、父は泰然としたまま答えた。

 此度の婚姻はパラディーゾとプルガトリウムの和平の証として結ばれるもの。あちらには王子が二人いたがすでに亡くなっており、唯一姫だけが健やかに育たれた。血を繋ぐためには姫がプルガトリウムに嫁ぐ訳にはいかないので、こちらから婿を出す事にしたのだ、と。

 成る程と頷けば、父は続ける。しかし実際には和平など一時的なものに過ぎない。魔物たちに割いていた国力と兵力がパラディーゾと争っても余りある程に回復し、戦争への体勢が整うまでの言わば時間稼ぎであり、いずれは再び戦いの火蓋が切って落とされる事になるだろう。そうなれば、パラディーゾへ婿入りしたお前はおそらく────。

 その先の言葉は、言わずもがなである。敵国に婿を出すというのはそういう事だ。人質、生け贄、人身御供……色んな言い方はあれど、政略結婚など程度こそあれそんなものだろうし、取り立てて驚きや悲しみといった類いのものは湧かなかった。むしろ、その役目になぜアルノルトが選ばれたのかいやと言うほど理解できてしまったから、納得するほかなかった。

 プルガトリウムの正統な皇子でありながら、帝位を継ぐ可能性が限りなく無いに等しい存在。価値があるようでいて無い、お飾りの皇子。そんなアルノルト以上にパラディーゾへ献上する“婿”としてお誂え向きの人間がいるだろうか。少なくとも、当事者としてプルガトリウム王家を16年間眺めてきたアルノルトには、他に適任者は思い当たらなかった。

 優しい父は、もしかしたらそんな命をくだす事に心を痛めたかもしれない。しかしアルノルトは、不思議とすっきりした気分だった。欠けていたパズルの最後の一欠けが、ようやく収まったような落ち着きすらあった。

 

(僕は、きっとこのために生まれてきたのだろう)

 

 プルガトリウム皇家に生まれながら、アルノルトが黒を授からなかったのは、今この時のためだったのだ。

 そう思うと、むしろ心が安らぐようだった。

 

 

 

 

 

 かくして、アルノルトはパラディーゾへと婿入りする事となった。

 パラディーゾとプルガトリウムの王族同士の婚姻は異例中の異例で、平和の象徴として祭り上げられた二人の婚礼はとにかく盛大に執り行われた。のちに聞いた話では、両国どちらの歴史上でも一、二を争う絢爛豪華なものだったらしい。和平協定を兼ねた式典だったから、尚のこと力を入れていたのかもしれない。

 妻となるエルレイン・ミラ・アニュイ・パラディーゾと顔を合わせたのも、その時が初めてだった。正確には、4年前救世主が父に謁見した際末席から彼女を見たことがあったので、完全な初対面ではなかったが。

 

 ようやく落ち着いて二人で話せたのは、アルノルトがパラディーゾへ到着してから実に10日後のこと。

 俗に言う初夜の場であった。

 

 パラディーゾらしい白の石材を基調とした寝室には至るところに繊細で美しい彫刻が象られている。権威の象徴として華美を旨とするプルガトリム王家では、寝室だろうと金細工や宝石類をあしらった豪奢な調度品を誂えるため、お国柄の違いが感じられて興味深い。

 そうした細々とした文化の違いを物珍しげに見ながら寝室をうろうろしていたアルノルトを、花嫁であるエルレインは静かな面持ちで見守っていた。

 

「────アルノルト殿下」

 

 彼女は、およそ人が4、5人転がっても余裕がありそうな寝台の上に座っていた。身に纏う夜着は薄く、肌が透けて見えている。用途というか、着る意図までもが透けて見えるようだ。

 内心辟易する。エルレインは間違いなく美しい姫だったが、生け贄のように差し出されて婿入りしてきた手前、如何に相手が美しかろうとそれを嬉々として愛せるほど図太くはない。尻込みもしようというものである。それに第一、彼女とアルノルトとの間に子が出来ることはパラディーゾもプルガトリウムも望むところではないだろう。

 

「何だい? エルレイン殿下」

「あなたにお話があります」

 

 こちらへ、と促された先は寝台の上である。寝室を見回して初夜を終えてしまおうと思っていたのだけれど、やはり流石にそれは許されないらしい。

 仕方なく彼女の対面に座る形で、少し距離を取りながら寝台に腰かける。

 

「話って?」

「……少し長くなりますが、よろしいですか?」

 

 見つめた彼女の双眸は、やけに真剣な色をしていた。

 あれっ、と思う。

 膝の上で固く握られた拳には決意さえ滲むようで、もしかすると、この話は自分が想定していた方向には進まないかもしれない、という予感がよぎった。

 

「アルノルト殿下も、4年前この世界を救った救世主……名をトーヤと言いますが、彼のことはご存知ですよね?」

「え? ああ……もちろん」

「私は、かつて彼と一緒に世界中を旅していました」

 

 突然切り出された名前に、目を丸くする。

 なぜ、今かの救世主の話を。

 

 彼のことならもちろん知っていた。彼らの旅の道中、父のもとを訪れた姿を実際に目にもしている。そしてアルノルトは、あの日のことを一度たりとて忘れたことがなかった。

 しかしエルレインはその事を知らないはず。アルノルトは彼女の意図をはかりかねて首を傾げた。

 

「私は旅をする中で、沢山のものを見聞きし、沢山のことを知りました。何度己の無力さに泣き、憤り、自分には何が出来るのかと自問自答したか知れません。それは私だけではなく、彼も同じでした。トーヤもまた、沢山傷つき傷つけながら、それでも足掻くように毎日を駆け抜けていました」

「……」

「そして、彼は救ってくれた。彼にとっては何の所縁もないはずのこの世界を、命をかけて守ってくれた。私は、彼に感謝しています。彼の苦悩をすぐ傍で見ていたからこそ、心の底から感謝しています。だから決めたのです。彼が救い、守ってくれたこの世界を、今度は私が守り抜くと」

 

 そう言うと、彼女は少し伏し目がちになる。その視線はどうやら、固く握った己の拳に注がれているようだった。

 

「……この婚姻に関して、お父様が何をお考えなのかは、なんとなく予想はついています。プルガトリウムにも思惑はあるでしょう。けれど、彼らにそれぞれ考えがあるように、私にも私だけの考えがあるのです」

 

 彼女の拳に何かが握られていると気付いたのは、その親指と人差し指の間から緑色が覗いたのが見えたからだった。その色はエルレインの澄んだ緑眼よりも濁っており、白っぽく見える。大きさから言って露店などで売られている護り石か何かだろうか。幼い頃、城の門前で市が催された時に見かけたそれを思い出す。

 

「アルノルト殿下」

「はい」

「私は、この婚姻を形だけではない、ほんとうの平和の象徴にしたいと思っています。戦争なんか起こさせたりしない。彼が守ってくれた世界を血や憎しみで汚させたりなんかしない。争いへと向かうこの国をどうにかして止めたい。そのためなら、私は―――」

 

 再び強く握られたそれを見て、もしかしてあれは、救世主からの贈り物なのかもしれない、と思った。露店で売られているものだったとしたら、きっと宝石としては純度の低い、価値の低い品だろう。護り石としての効果の程も果たして分からない。しかし、彼がくれたものだから。たったそれだけの理由で、一国の王女が安物の護り石を後生大事に握りしめているのだとしたら。

 

 それを手にしながら、どんな思いで彼女はあの夜着を身に付け、この寝台に上がったのだろうか。

 

「お願い致します。あなたも、どうか協力していただけませんか! パラディーゾとプルガトリウム、両国の未来の為にも……!」

「──エルレイン王女」

 

 名を呼ぶと、彼女ははっとしたように前のめりになっていた体を引いた。再び腰を落ち着けながら、感情的になったことを小さく詫びられる。

 

「……君は、トーヤのことがほんとうに好きなんだね」

 

 その言葉に、エルレインがきょとんと目を丸くした。そういう表情をすると、大人びた雰囲気が消え、ぐっと年相応に見える。

 思わず笑ってしまうと、彼女は困惑したように眉を八の字にしていた。

 

「ふふっ……ごめん。でも奇遇だな。僕も、彼のことが大好きなんだ」

「え……?」

 

 会った事は一度しかないし、交わした言葉も数える程だ。おそらく彼に尋ねてもアルノルトのことは覚えていないだろう。

 しかし、アルノルトは彼を慕っていた。何故なら彼は、自分に価値を見出だしてくれた唯一のひとだったから。

 

 

 

 

 

 4年前、初めてトーヤを目にした時のことはよく覚えている。父に謁見するちいさな後ろ姿を末席から見つめながら、その黒々とした髪にいたく感激したものだった。

 プルガトリウム王家の誰よりも、それこそ現皇帝であるバルタザールや皇太子であるコンラートよりも、濃く深く艶やかなその黒髪があまりにも衝撃的だったのだ。同じ黒だから見る者によっては変わりなく見えたかもしれない。だが、違う。幼少より黒に囲まれて育ったアルノルトには分かる。あれが、本物の“黒”なのだと。

 大人ばかりの一行の中で一際ちいさく、細く、頼りない体躯であった事もアルノルトの衝撃を増した。威厳ある父と向かい合うと、吹けば飛ばされてしまいそうだった。後から聞いた話では、トーヤはアルノルトよりもいくらか年下だという。にもかかわらず世界を救うという大業を成さんとしていたのだ。子どもながらに、彼に対して血が沸き立つような憧れを抱いた。

 

 そして忘れもしない、その興奮のまま城の庭でうろうろ歩き回っていたとき、不意に声をかけられたのだ──トーヤに。

 

 「……ねえ、それ地毛?」

 

 驚いた。

 今まさに思い描いていた相手が、目の前に立っていたのだ。緊張して、頭の中が真っ白になった。

 

「えっ、あ……う、うん」

「ふーん。変な色」

「……」

 

 子どもというのは得てして残酷なものである。それは救世主とて例外ではなかったらしい。アルノルトが一番気にしている点を事も無げに抉ってくる。

 しかし、彼の言葉はそれだけで終わらなかった。

 

「僕もそんな色だったらよかったのに。黒なんてダサいし……」

 

 自分の髪を無造作に一束摘まみながら呟かれたそれに、アルノルトは驚きを通り越して仰天した。むしろ青ざめた。思わず、そんなことない!と叫んでしまう。

 

「ぜったい、ぜったいそんなことないよ!! トーヤの黒髪はとてもきれいだ! このコメディアにあるどの色よりも尊い!!」

「……こっちのひと、みんなそう言うけどさあ。日本人なんか大体こんな色じゃん……僕だけじゃない」

 

 救世主に対して無礼だのなんだのと考えるのは完全に忘れていた。この時はただ、彼の持つ黒は本当に美しいのだと伝えたかった。持っていないアルノルトだからこそ分かる。だからどうか卑下しないでほしい。その一心だった。

 しかし、トーヤはアルノルトの気持ちなど露知らず、独り言のように言葉をこぼしていく。その視線をぼんやりとアルノルトの髪にさまよわせながら。

 

「でも、あんたのその髪の色はどこでも見たことないよ。黒っぽいけど……灰色? 光が当たるとちょっと色が違って見える。かっこいいなあ、それ」

「え……」

「はーあ……僕もそういう面白い色がよかった。大きくなったら絶対染めてやる……」

 

 トーヤはそう言うと、まだぶつぶつ呟きながらそこから去っていった。

 時間にして、5分会話したかどうか。

 後ろ姿をぽかんと見つめたまま、アルノルトの頭にはただ、彼の瞳の色が黒ではなかったといういまいち関係のないことが駆け巡っていた。琥珀色だった。うつくしかった。そうして気付けば、いつの間にかその場に崩れ落ちていた。

 全身が脱力して、放心している。不思議な心地だった。

 

 ────かっこいい、と言われた。面白い色だと。

 

 初めて言われた言葉だった。

 今まで誰一人として、アルノルトのこの黒もどきの髪を肯定してくれた者はいない。父や母だって、否定しなかっただけだ。内心は受け入れ難かっただろうし、哀れんでもいただろう。

 なのにトーヤは褒めてくれた。あの口振りからいって何の気なしに言った言葉なのだと思うし、褒めたと言えるかどうかさえ危ういけれど、だからこそ嬉しかった。あの言葉には飾り気もなく、気遣いもない。ただそのままの意味であるだけだ。

 

 初めて、価値を認められた気がした。

 あの言葉があったから、アルノルトは自らの生に絶望せずにいられたとさえ、思う。

 

 

 

 

 

「──だから、正直言ってうらやましいんだ。彼との思い出がたくさんある君が、ね」

 

 昔話を終えてエルレインに水を向けると、彼女はくすくすと笑い出した。

 

「トーヤらしい話だわ。ほんと、ぶっきらぼうなんだから」

「その石は彼からのプレゼント?」

「……ええ。4年前、トーヤが元の世界に帰るときにくれたんです。約束の証に……」

 

 ふと手元に視線を落とした彼女の表情が、一瞬翳る。しかし本当に一瞬だけで、すぐにまっすぐな瞳がアルノルトを射抜いた。先ほども感じた、覚悟を決めたそれだ。

 

 それを見て、アルノルトは思う。

 彼女となら、と。

 

「……ねえ、エルレイン殿下」

「はい」

「教えてほしい事があるのだけれど」

「え……?」

 

 アルノルトは生け贄同然でやってきた婿養子だ。エルレインだって、そんな人間の立場が決して強くない事は分かっているだろう。それでも、彼女は協力してほしいと言ってくれた。パラディーゾとプルガトリウム、両方を守るために力を貸してほしいと。

 何も出来ないかもしれない。何も変えられないかもしれない。未だ王ですらない彼女と自分だけでは、平和なんて維持出来やしないのかもしれない。けれど、自分の価値に絶望していたあの日トーヤがアルノルトを何気なく肯定してくれたように、いつ誰がどんな形でなにを成すか、先のことなど全く分からないのだ。

 

「トーヤは一体どんな人だったの? 彼と一緒にどんな旅をした? 僕は彼のファンだから、そういう話、たくさん聞きたいんだ。教えてよ」

「トーヤの話、ですか?」

「そう。それで……彼の話をたくさん聞かせてくれるなら、君に協力してもいい。どうかな?」

 

 訝しげに眉をひそめるエルレインにいたずらっぽく笑って、右手を差し出す。

 

「──エルレイン。僕も、彼が救ってくれた世界を守りたいよ」

  

 大きく見開かれた緑眼が、照明の光を反射してゆらゆら光っている。綺麗な色だ。この色を、トーヤもきっと愛したのだろう。

 

 彼女はとうとう、ぎゅっと泣きそうに歪んだ顔をして、それを隠すように俯いた。その膝にひとつ、ふたつ、雫が落ちる。しかしアルノルトは気付かない振りをした。心細いときに肯定してくれる誰かがいるその気持ちは、痛いほどによくわかる。

 

「僕らは今日から、夫婦で、仲間で、同志だ。……よろしくね、エルレイン」

 

 おずおずと差し出された白い手のひらを掴み、かたく握手を交わす。ちいさく、ありがとう、と消え入りそうな声がした。

 

 

 たった二人の戦いが、この日から始まった。

 

 

 

 

20161028

(20200630再掲)