1 メイちゃんと俺

 

「メイちゃんメイちゃん」

「なあに?コーくん」

「ええーと、これは一体何なのかな?」

「メイのペットだよ」

「………あっ、ペットなんだー」

 

 俺とメイちゃんの間には、なかなかに立派なタラバガニがででんっと鎮座している。結構な大きさがあるので、おそらくかなり高価なものと見た。すげー旨そう。

 だがしかし、そうか、これがペットか。

 俺は未だ元気よく手足を動かしているタラバガニをしげしげと眺めつつ、まあメイちゃんまだ5歳児だしな、ペットがどういうものなのかよく分かってないのかもしれないな、むしろタラバガニまで愛せるその純粋さプライスレス!と無理やり自分を納得させてイイ笑顔をつくった。

 それに、こうして見ればタラバガニだって可愛く見えないこともない。いや、考えようによっちゃタラバガニだって立派な愛玩動物だ!食べるのよくない!ダメ、ゼッタイ!

 

「ちなみにメイちゃん、この子の名前は?」

「タラバ」

「えっ?」

「タラバ」

「………あっ、そのままなんだー」

「うん」

 

 メイちゃんは今日も不思議ちゃんのようです。

 

 

 

2 タラちゃんと俺

 

 メイちゃんがペットとして可愛がっているタラバガニを、俺はタラちゃんと呼ぶことにした。

 だってタラバガニをタラバと呼んで愛せるほど、俺はまだ人間が出来ていないから。タラちゃんなら、かろうじて某サザエさんの息子を思い出してほんわかできるだろうという魂胆だ。

 

「メイちゃんメイちゃん」

「なあに?コーくん」

「タラちゃんは何を食べるの?」

「なんでもたべるよ」

「………えっ、カニって雑食なの?」

「カニはどうかわからないけど、タラバはなんでもたべるよ」

 

 すげーなタラちゃん。まじリスペクト。

 そういうわけで、この瞬間俺の中でタラちゃんは残飯処理係に決定した。何度でも言うが、俺はまだタラバガニを愛せるほど人間が出来ていないのだ。

 

「ちなみにメイちゃん、今まではどんなもの与えてたの?」

「カタクリ」

「えっ?」

「カタクリ」

「………片栗粉?」

「うん」

「ええーと、他には?」

「ほか? ……ううーん、カニかまとか、かなあ」

「………あ、そう…」

 

 なんだか俺、タラちゃんを愛せるような気がしてきました。

 

 

 

3 ふみちゃんと俺

 

 俺のマイスイートハニーもといふみちゃんは、正真正銘この不思議系美少女メイちゃんの母親である。

 

 俺がふみちゃんと出会ったとき、ふみちゃんはもうメイちゃんを生んでいて、だからメイちゃんと俺に直接の血縁関係はない。

 なのになぜ俺がこうしてメイちゃんの遊び相手をしているのかと言うと、昼間は忙しく働いているふみちゃんに代わって、俺が主夫をするよ!と申し出たのがきっかけだった。

 

「メイちゃんメイちゃん」

「なあに?コーくん」

「今日は何が食べたい? 何でも作ってあげるよ」

「えーっとねえ……オムライスがたべたいな」

「えっ、昨日も食べたよね?」

「メイ、コーくんのつくるオムライスだいすきなの」

「マジで?! うっわーうれしいなあ」

 

 メイちゃんは不思議系だけれど、普通にしている分には大変可愛らしい。さすがふみちゃんの娘だ。

 うんうんと一人頷いていると、不意に足下がもぞもぞとし始めた。目をやってみたら、やはりそこにはタラちゃんの姿が。俺の足に乗り上げて、ハサミで脛毛をちくちくしている。ちくしょう、可愛い。

 現在俺の中での可愛い生き物ランキングベスト3は、ふみちゃんとメイちゃんとタラちゃんに独占されている。世の中のカニ愛好家の皆さんすみませんでした、タラバガニは紛うことなく愛玩動物です。

 

「あっ、ママもうすぐかえってくるよ、コーくん」

「え、ほんとっ?」

「うん」

「窓から姿でも見えたの?」

「ううん、とおくからあしおとがきこえたの」

「………メイちゃんは五感が人外なの?」

「ほらっ、かえってきた!」

 

 バターン!

 景気よく開け放たれたらしい玄関から、どたどたと走ってくる音がする。ああ、これは確かにふみちゃんのものに違いない。腕を広げて迎えるべく、俺はリビングのドアへと走った。

 

 ガチャッ。

 ドアが、開く。

 

「おかえりふみちゃあああああん!」

「やっぱりお前かあああああ!」

 

 瞬間、頬に衝撃。

 

 でも殴るのもある種の愛情表現だって、俺、知ってる。

 

 

 

4 続・ふみちゃんと俺

 

「……もう来んなって言ったよね?あたし」

「……はい。言いました」

「次来て、挙げ句家に上がったらいい加減警察呼ぶよとも言ったよね?」

「……はい」

「なのになんでまた来てんの? そんなに捕まりたいの?」

「まあぶっちゃけふみちゃんになら逮捕されたいです」

「黙れ変態が!」

「すみません!」

 

 帰ってきてすぐさま俺を殴り飛ばしたふみちゃんは、倒れ込んだ俺をキレイに無視して可愛らしい笑顔でメイちゃんにただいまの挨拶をすると、ちょっとこのおじちゃんと話するからこっちで待ってなさいねー、と言ってメイちゃんを自室へと連れていった。

 そして始まった説教タイム。

 正直に言うと、俺はこの時間が嫌いじゃない。だってこうしている間は俺だけのふみちゃんなわけで…………いや、嘘です。単に俺がMなだけです。すいませんカッコつけて。

 

「でもふみちゃん、俺今日は家に上がるつもりはなかったんだよ? でもメイちゃんがどうしても上がってって言うから……」

「それはあんたがメイをあの手この手で手なずけたせいでしょうが! こんな変態にすっかり懐いちゃって、ほんとあの子の将来が心配だわ……」

「全くだね。変な虫がつかないように気をつけなくちゃだよ、心配だなあ……」

「……お前もその変な虫の一人なんだよ」

「ええっ? ちょっと待ってよ、俺はメイちゃんじゃなくてふみちゃんに付きまとってるだけだってば!」

「それストーカー宣言だな? 認めんだなオイ」

 

 いや、まあ確かにストーカーかストーカーでないかと言われればストーカーなのかもしれないけど、でもそれにはふみちゃんにも原因があると思うんだ、俺は!

 そうやって大々的に主張すれば、ふみちゃんはこの世で最もゲスいものを見るかのような目で俺を見た。……ここで素直に「その目に興奮します」って言ったら、やっぱり引かれるかな。引かれるよな。それじゃあ話が進まなくなるので、そこはやむなく我慢する。

 

「そりゃ今はストーカーみたいになっちゃってるけどさ、ふみちゃんが俺を受け入れてくれれば万事モウマンタイだと思うんだよ!」

「どこが問題ないのよ、むしろ問題しかないわ!」

「俺こんなに甲斐甲斐しいじゃん! メイちゃんのお世話して、家事もやって、ふみちゃんが帰ってくる頃にはほかほかの料理用意して待ってるような男だよ? どこが駄目なの?!」

「頼んでないし勝手に人ん家で家事をするな!」

「だってこうでもしないとふみちゃん俺と会ってくれないだろ!」

「ていうか、そもそもあんたとはもう何ヵ月も前に終わったんだって何度も言ってるでしょ? いい加減諦めなさいよ!」

「俺はまだふみちゃんが好きなんだよ!」

「あたしは好きじゃない!」

「俺を好きじゃないふみちゃんなんてふみちゃんじゃない!」

「なんだその理屈!」

 

 こんなやりとりを、小一時間。

 

 ――いつもこうだった。

 ああだこうだと言い募って、ヒートアップするだけして、最後は結局うやむやなまま終わって、自宅に帰らされる。

 

 ねえふみちゃん、ふみちゃんはいつも警察呼ぶぞって俺に言うけど、実際呼んだことは一度もないよね。

 いつも「次来たら絶対通報するから」って言いながら帰してくれるでしょ。それって少しは俺に情を残してくれてるのかなって、俺はそういう風に受け取ってしまうよ。

 そう思われるのが嫌なら、いっそ本当に警察を呼んでくれればいいんだ。法とか権力とかいう壁に阻まれたら、流石の俺もすごすごと引き下がるかもしれないよ?

 

「……あーもう……とにかく、今日は帰って。次来たらほんとに警察呼ぶから」

 

 嗚呼、ほら。

 また今日もうやむやで終わってしまう。

 

 

 

5 再び、メイちゃんと俺

 

 ふみちゃんとメイちゃんが住んでいるアパートのすぐ近くには、さびれた公園がある。

 あまりにもさびれているので、利用しているひとは極端に少ない。少し歩くけれど、みんなもっと新しくて充実した遊具のある大きな公園へ行くのだろう。今日も、さびれた公園に人の姿はなかった。

 ふみちゃんと別れて間もない頃は、よくこの場所で、あの錆びたブランコに揺られながら、ふみちゃんの帰りを待ったものだ。

 さっきのような口論を外ですることもしばしばで、ご近所さんにはさぞ迷惑だったろうと思う。

 

 ぎい、

 久しぶりにブランコに座ってみると、頼りなく軋む音がした。

 

「コーくん」

 

 嗚呼、そうだ。

 俺がここにいると、決まって話しかけてくる可愛い女の子がいたっけ。

 

「なあに、メイちゃん」

 

 顔を上げると、正面にメイちゃんが立っていた。……意外と近いな。視線をずらすと、メイちゃんの足下後方にはタラちゃんの姿もある。わざわざ連れてきたあたり、メイちゃんの溺愛ぶりが窺えた。名前、タラバだけど。

 

「またママとけんかしてたね」

「ああ……うん。ごめんね、いつも煩くて」

「コーくん、メイのパパにならないの?」

「………うーん」

 

 なりたいけどね、無理かもしれないよ。

 言うのは気が引けて、どうかなあ、と言葉を濁す。

 

 濁したら、情けないことにてろんと鼻水が垂れた。我慢した涙が鼻の方に流れてきたらしい。

 慌てて袖で拭うと、メイちゃんがサッとティッシュを差し出してくれる。懐かしい。この公園で出会ったばかりの頃、何かにつけてふみちゃんを思い出して泣き出す俺に、メイちゃんはいつもこうしてティッシュを差し出してくれた。

 

「ずずっ……ごめん、ありがとうメイちゃん」

「ううん、いいよ」

「……あー、俺、もうメイちゃんと結婚しようかな。ふみちゃんみたいな暴力的な子じゃなくて、メイちゃんみたいな不思議ちゃんの方が俺絶対幸せになれる気がするもん、ほんと。ふみちゃんとかもう知らねーよ何だあんな女大好きだよちくしょう!」

「いいよ」

「………………え?」

 

「メイ、おとなになったらコーくんとけっこんする」

 

 フリーズ。

 え? けっこん、って………結婚?

 

 

「―――そんなん許すかロリコンがああああああ!」

「うわあっびっくりした!」

 

 

 がさがさっと草陰から出てきたのは、なぜかふみちゃんだった。

 どうしてここに?

 ていうかなんでそんな所に?

 そんな疑問を口にする暇もなく、勢いよく近付いてきたふみちゃんは俺のすぐ近くにいたメイちゃんの両肩をむんずと掴むと、これまた勢いよく俺から引き離した。それこそ、ベリッと音でもつきそうな感じで。

 

「あんた……変態だ変態だとは思ってたけどロリコン趣味まであったわけ?!」

「ちょっと待って、俺はロリコンじゃないよ!」

「うちのメイとは絶対死んでも結婚なんてさせてやらないからね!」

「や、だからそれはあくまでも冗談のつもりで……」

 

 そこで、はたと気付く。

 俺がメイちゃんと結婚した場合、必然的にふみちゃんは俺の義理のお母さんになるわけだ。

 それはつまり、息子という立場になるとは言え、曲がりなりにも俺とふみちゃんが家族になるということで。

 

 なんか、それはそれで……

 

「……………アリだな……」

「やっぱり黙れ変態!」

 

 瞬間、またも頬に衝撃。

 本日二度目の鉄拳制裁は、倒れ込んだ場所にちょうど鎮座していたタラちゃんに背中を受け止められて、あのトゲトゲによりさらなるダメージを負う結果となった。いてえ!

 

「……だいじょうぶ?コーくん」

「ハハ……大丈夫大丈夫」

「ほらっメイ! そんな変態構ってないでもう帰るよ!」

「あ、うん、ママ」

「あ………待ってよふみちゃーん!」

 

 

 

 

20110814

(20200630再掲)

 

 

そこに愛しかないと思う