最近仲良くなった八嶋くんは、公園に住んでいる。

 つまり、ホームレス。

 でも本人は、お手製の段ボールハウスがあるからホームはあるよって言い張っている。

 確かに帰る場所があるならホームがレスしてるわけじゃないから、八嶋くんはホームレスじゃないのかも。だけどこの場合のホームって、ちゃんとした建物のことじゃないの?

 

「金がほしいって言うとさあ、大概のやつが、カネカネ言うなって言うんだ」

 

 八嶋くんは、気まぐれに喋ったり喋らなかったりする。

 会って間もない頃、何気なく何歳なのって聞いたら、たぶん26、って曖昧な返事しか返ってこなくて、わたしより年上なんだね、と話を繋げても、その後はずっとだんまりだった。

 もしかして訊いちゃいけないことだったのかなと思って、わたしはひたすらそわそわしたんだけど、八嶋くんは素知らぬ顔で、十分後に水炊きが食いたい、と話し出した。そしてそれ以降はエンドレスで鍋談義。と言っても、ほとんどわたしが口を挟む隙がないくらいのマシンガントーク。

 だから、わたしは彼が喋り出したらなるべく静かにしていようと決めている。

 

「金がほしいって言うのは、みっともないことなんだってさ」

「そうなの?」

「若いやつは気軽に口に出すけど、大人ってあんまり、金ほしーって言わないでしょ」

「……そういえば、そうだね」

「大人が言うとリアリティが増して、人間として最低に見えるからなんだって」

 

 八嶋くんは、今流行っているネットカフェ難民には断固としてならないと宣言している。ああいうやつらこそホームレスって読んでやるべきだよ、とも公言している。

 八嶋くんの持論では、ネットカフェに寝泊まりしているひとたちは『そこそこ金がないやつら』らしい。

 八嶋くんやその仲間たちは、ネットカフェに滞在するためのお金もなくて、仕方なく公園に居ついている。シャワーも浴びれない、ご飯もろくに食べれない、そんな状況さえ経験したことがある八嶋くんのことだ。最近のホームレスはたるんでる、くらいは思ってるのかもしれない。

 

「ゆうちゃんはどう思う?」

「え、なにが?」

「金ほしいぞーって言うのは、みっともないと思う? 意地汚いと思う?」

「ええっ? ……ど、どうだろう……」

「ほんとはみんな、金がほしいって思ってるくせに、所詮かっこつけだと思わない?」

「……あっ、でも、お金より大切なものもあるよ。家族とか、友達とか」

「それ!」

「きゃあ!」

 

 八嶋くんは、行動が奇抜だ。本能で生きてるんだよ、と本人は言うけど、その通りだと思う。

 今だって、なんの前触れもなく両手でわたしの頭を挟んできた。痛くないけど、びっくりするからやめてほしいな。言っても無駄だろうから、口には出さないけど。

 

「俺が金がほしいって言うと、みんなそれを言うんだ。お金より大切なものはある、それは愛だ!とかね」

「う、うん」

「でもさ、俺、愛が大切じゃないなんて一言も言ってないよ。愛が大切なものだってことくらい、知ってるつもり」

「うん」

「なぜかはわかんないけど、世の中の大概のひとは、金と愛は両立し得ないと思ってる。確かに金で愛は買えないけど、金で伝えられる愛はあるでしょ。その代わり、愛で得られる利益、イコール金だってあるじゃん」

「……うん」

「俺にとって金は二番目に大事なものだよ。一番は、俺の周りにいるひとたち。でも、生きてくためには金がないとやってけない。愛で飯は食えないよね? だから金がほしい。死活問題なのに、世の中はそれを意地汚いって言うんだよ、ゆうちゃん」

「……うん」

「つまり、俺がなにを言いたいかって言うと、そうゆうことを言えるやつらは、ほんとに金に困ったことなんてない、裕福なやつらだけなんだってこと」

 

 八嶋くんは、お金持ちが嫌いだ。

 八嶋くんは昔、医者になりたくて大学進学を希望していたらしい。でも家庭の事情で進学を諦めなくちゃいけなくなって、国立を目指すからって説得してもだめで、その時八嶋くんは、思い知ったんだという。お金がないと、自分のやりたいことすらやり通せない。お金がないと、生きる上での選択肢がとても狭くなってしまうんだということを。

 八嶋くんの周りの子たちは、第一志望の大学に落ちても滑り止めの私大に入学できる。それは、何校も受験できるお金があるということで、いざとなれば私大に行けるお金があるということ。

 受験するお金も大学に通うお金もない八嶋くんは、クラスメイトを呪った。そして何より、お金のない現状を呪った。

 

「俺は、胸張って金がほしいって言ってたいよ。結構かっこわるいけど、俺は、そうやって現実と向き合ってたい」

「……うん」

「貧乏には負けない。いつか絶対、金持ちにあぐらかいてるやつらを見返してやる」

「うん。じゃあ、わたしも」

「ゆうちゃんも?」

「わたしも、八嶋くんに馬鹿にされないような人間になる」

 

 わたしは、もうすぐ八嶋くんが志望していた大学に入学する。

 八嶋くんからすれば、わたしだって嫌いな金持ち連中のカテゴリに入ってるんだろう。自分じゃ裕福とは思えないし、金欠で困ることくらいある。

 でも、寝るところに困ったり、食べるものに困ったり、着るものに困ったりしたことはない。その時点でもう、わたしは十分に恵まれているって、八嶋くんと出会ってはじめて知った。

 

 だから、わたしも胸を張っていたい。ゆうちゃんなら許すよ、って八嶋くんに笑ってもらえるように。八嶋くんに、認めてもらえるように。

 

「そっか。じゃあ、頑張れよ、大学生」

「うん。八嶋くんも、バイトがんばって」

「あ、それがさ、バイト先の店長に気に入られて、正社員にならないかって言われてんの」

「ええっ! すごいね!」

「あそこを足がかりに、こつこつ貯金ためて、いつか会社立ち上げるんだー。夢はでっかく億万長者!ってね」

「ふふ、うん、すごく素敵」

「その時はゆうちゃん、一番にお祝いしてね」

「もちろん! すっごいプレゼント用意するから」

「ははっ、そりゃ楽しみだ」

 

 最近仲良くなった八嶋くんは、公園に住んでいる。

 つまり、ホームレス。

 でも、おっきくて素敵な夢を持ってる。

 なんとなく大学に行くような、無気力学生とは違う。お金がなくて閉ざされてしまった道を、取り返すために。閉ざされた将来より、もっともっときらきらした未来を掴むために。働いて働いて、お金をためて、夢を実現しようと頑張っている。

 

 八嶋くんは、今日も今日とて、金がほしい、と呟いている。

 

 

 

 

 

20090406

20130905改訂(20200621再改訂)

 

 

負け犬だけがすべてを知っている